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高知地方裁判所 昭和49年(ワ)162号 判決

原告

亡金子曜太郎訴訟承継人

金子遊亀

原告

亡金子曜太郎訴訟承継人

金子曜章

右両名訴訟代理人

山下道子

被告

山中由雄

被告

有限会社下田ハイヤー

右代表者

前野孝子

右両名訴訟代理人

中平博

被告

堀見三男

右訴訟代理人

島﨑鋭次郎

主文

一  被告らは連帯して、

1  原告金子遊亀に対し、金一三六万九〇四九円及びうち金一二三万五七一六円に対する昭和四九年四月二四日以降支払済みまで年五分の割合による各金員

2  原告金子曜章に対し、金二七三万八〇九八円及びうち金二四七万一四三二円に対する前同日以降支払済みまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の主旨

1  被告らは連帯して、

(一) 原告金子遊亀に対し、金二五三万〇八六二円及びうち金二二三万七五二九円に対する昭和四九年四月二四日以降支払済みまで年五分の割合による各金員

(二) 原告金子曜章に対し、金五〇六万一七二五円及びうち金四四七万五〇五八円に対する前同日以降支払済みまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

2  被告山中由雄及び同有限会社下田ハイヤーは連帯して、

(一) 原告金子遊亀に対し、金三八万七五六七円及びこれに対する昭和四九年四月二四日以降支払済みまで年五分の割合による各金員

(二) 原告金子曜章に対し、金七七万五一三三円及びこれに対する前同日以降支払済みまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の主旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(被告山中由雄及び被告有限会社下田ハイヤーに対する請求)

1 当事者

(一) 原告金子遊亀(以下、「原告遊亀」という。)は、訴外亡金子曜太郎(以下、「曜太郎」という。)の妻であり、原告金子曜章(以下、「原告曜章」という。)は、曜太郎の子である。

(二) 被告山中由雄(以下、「被告山中」という。)は、昭和四八年一月二日当時被告有限会社下田ハイヤー(旧商号有限会社稲生ハイヤー。以下「被告会社」という。なお、被告山中と同会社とを合わせて「被告二名」ともいう。)に自動車運転手として雇用されていたものである。

(三) 被告堀見三男(以下、「被告堀見」という。なお、被告二名と被告堀見とを合わせて「被告ら」という。)は外科医であり、堀見外科を開設し、診療行為に従事しているものである。

2 本件事故の発生

曜太郎は、昭和四八年一月二日午後七時一五分ころ、高知市若松町七一番地先交差点(以下、「本件交差点」という。)を西から東へ横断歩行中、同所を北から南へ進行してきた被告山中の運転する営業用自動車(高五あ七〇二〇号。以下、「本件タクシー」という。)に衝突され、その結果、顔面挫創、頭部挫傷、脳震盪症、右手挫創、左下腿皮下骨折等の重傷を負つた(以下、「本件事故」という。)。<以下、省略>

理由

一被告二名に対する請求原因1項(当事者)及び2項(本件事故の発生)並びに被告堀見に対する請求原因1項(当事者及び本件事故の発生)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>に、鑑定人山田憲吾及び同角南義文の各鑑定の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

1  曜太郎は、昭和四八年一月二日本件事故後堀見外科に搬送されて被告堀見の診察を受け、顔面挫創傷、脳震盪症、左下腿複雑骨折により加療約三か月を要する旨診断され、同日堀見外科に入院した。

なお、曜太郎の右骨折は、皮膚の損傷を伴つていなかつたものの、左下腿部の脛骨及び腓骨がいずれも折れており、うち、脛骨は骨折部位に複数の骨片を生じていたものであり、今日では皮下骨折のうちの粉砕骨折と呼ばれるものであつた。

2  堀見外科入院時の状況

(一)  被告堀見は、前同日、応急処置として曜太郎の左下腿部を副木で固定し、同月六日から骨折部位の整復に着手し、当初は非観血的療法である牽引療法を試み、同月一〇日までこれを実施した。

ところが、右牽引療法は成功せず、骨折部の骨がくいちがってきたので、被告堀見は、観血手術による整復を行うこととした。

(二)  本件手術は同月一〇日に行われ、脛骨の骨折部位には骨折部を囲んで金属内副子(プレート)を装置して固定し、同骨のその他の骨折部位及び腓骨の骨折部位は銀線で固定するというものであつた。右手術の翌日の同月一一日には、術後の吸収熱によるものと思われる三九・一度余の発熱があつたものの、その後曜太郎の熱は鎮静化していつた。

ところが、同人は、同月一六日になつて再び三八・五度の発熱をするとともに患部の痛みを訴え、また、同所に腫脹もみられたので、被告堀見が手術部位の抜糸をすると、同所から排膿があつた。そこで、同被告は、同日忠部に対孔を作つて排膿を促進させるとともに、同日以降シグママイシン、ストレプトマイシン、ケミセチンなどの抗生物質を投与して化膿の治療を開始した。そして、同月二〇日に行われた細菌検査の結果、感染菌はグラム陽性球菌であることが判明した。その後、発熱は鎮静化したものの、排膿は止まらなかつた。

(三)  被告堀見は、右治療経過に照らし、本件手術で固定したプレートが感染後は感染巣となつており、これを除去した方がよいと考え、同年三月二六日に右プレートを除去する手術をした。そして、同年四月以降は、体力を付けさせるために、抗生物質に代えてビタミン剤の投与を開始し、腐骨と正常骨との境界が形成されるまでは、経過を見守るとの治療方針をとつた。

(四)  しかしながら、当時被告堀見の治療方法に対し、すでに不信感を抱いていた曜太郎は、他の病院に転医することを考え、自ら退院を申し出、同年五月一九日に堀見外科を退院した。

3  市民病院における治療の状況

(一)  堀見外科を退院した曜太郎は、同年五月二一日に市民病院で診察を受けたが、このとき、同人の左下腿前面には幅二センチメートル、長さ五センチメートルの肉芽創があり、その部分は脛骨が露出していた。同部分からの排膿はなかつたものの、中等量の分泌物が排出されており、同人の左脛骨は慢性骨髄炎の状態を呈していた。そして、骨折部分は融合しておらず、偽関節を形成していたばかりか、左腓骨神経まひを合併し、足関節、趾関節もそれぞれ拘縮を来たしていた。

同人は、同日市民病院に入院し、慢性骨髄炎の治療を受けることとした。

(二)  市民病院では、曜太郎の慢性骨髄炎の治療として、同年六月八日及び同年八月二七日には病巣郭清術を実施し、引き続き、同日以降同年九月一二日までの間、患部に抗生物質を注入する局所持続洗浄術を実施したが、これらの治療は効を奏しなかつた。

なお、昭和四九年一月一八日には、次の所見が認められた。すなわち、(1)左下肢は右下肢に比して棘踝長で五センチメートル短く(これは、前記病巣郭清術によつて病巣部が切除されたことによる。)、膝関節は一六五度屈曲位に拘縮し、一〇度の可動性を有するに過ぎない。(2)左下肢は、膝関節より約一〇センチメートル遠位で側方に屈曲変形し、異常可動性が証明される(偽関節の形成)。(3)同所には瘻孔があつて膿を排出しているが、消息子を通ずると粗な骨面と触れる。(4)左足関節は一二〇度の尖足位に拘縮し、趾関節はすべて拘縮を来たしている。

(三)  このように、曜太郎の慢性骨髄炎は軽快しないばかりか、治癒のめども全く立たず、また、同人の右症状及び当時の同人の年齢(六三歳)に照らせば、仮に同人の慢性骨髄炎が治癒するとしても、治癒に至るまでには、なお相当長期間を要し、しかも、長期間の入院生活のために同人の歩行機能は退化しており、治癒に至つた場合にも歩行訓練は必要であり、これによつて歩行機能が回復した場合にも跛行の残ることが必至の状態であつた。他方、曜太郎は、本件事故当時、海事代理士として海事代理士法(昭和二六年法律第三二号)所定の業務を行つていたところ、同人は一日も早い復職を切望しており、座つて机に向かう仕事がほとんどを占める同人の右職務内容に照らせば、同人について一日も早い社会復帰をはかるためには、むしろ左下腿部を切断して義肢を装置する方が適切であつた。そこで、これらの諸事情を検討した市民病院の訴外長岡勇医師は、左下腿部を切断して病巣を取り除くほかはないと判断し、曜太郎に対して左下腿部の切断を勧告し、同人もこれを承諾したため、ついに同年二月一日に同人の左下腿部の切断手術が行われた。

(四)  その後、曜太郎は、余後の治療と機能回復訓練のため、引き続き市民病院に入院し、同年七月一七日に同病院を退院した。

三被告らの責任

1  被告山中

(一)  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、高知市内の市街地に所在し、南北に通ずる歩車道の区別のある車道幅員約九メートルの道路(以下、「南北道路」という。)と東西に通ずる歩車道の区別のない幅員約六メートルの道路(以下、「東西道路」という。)とが交差した十字路交差点であつて、交通整理は行われておらず、右各道路からの同交差点入口付近の左右には建物があつて、左右道路の見通しのきかない交差点であり、同交差点には横断歩道は設けられていない。南北道路には白線の道路表示により中央線が引かれているが、東西道路には中央線は引かれていない。また、本件事故当時、右各道路はいずれも速度制限の規制はなされていない。

(2) 被告山中は、昭和四八年一月二日午後七時一五分ころ、本件タクシーを運転して南北道路を北から南に向け時速約四〇キロメートルの速度で進行中、道路右前方約一五メートル付近を西から東に向け、やや小走りで横断中の曜太郎を発見し、直ちに急制動の措置を取つたが間に合わず、同人に自動車前部を衝突させて転倒させた。

以上の事実が認められ、原告金子曜太郎及び被告山中由雄の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、本件交差点は、左右道路に対する見通しのきかない交差点であるから、同交差点に進入しようとする自動車の運転者としては、まず減速し、かつ、進路の前方及び左右道路の交通の安全を確認したうえで同交差点に進入すべき注意義務があるのに、被告山中は、右注意義務を怠り、減速することなく時速約四〇キロメートルの速度で、しかも、進路前方及び左右の安全を確認することなく同交差点に進入したため、進路右(西)前方から左(東)前方に向けて小走りに横断しようとした曜太郎の発見が遅れて本件事故を発生させているのであるから、同被告に右注意義務違反があることは明らかである。

(三)  よつて、被告山中は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告会社

被告会社が本件事故当時、本件タクシーを所有し、自己の営むタクシー業のために同タクシーを運行の用に供していたことは、原告らと被告会社との間で争いがない。

よつて、被告会社は、自賠法三条本文により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

3  被告堀見

(一)  被告堀見に対する請求原因2項(一)(本件診療契約の成立)及び曜太郎が本件手術の際に感染して骨髄炎に罹患したことの各事実は、いずれも原告らと被告堀見との間で争いがない。

(二)  原告らは、被告堀見の曜太郎に対する治療行為につき、医師としてなすべき注意義務に違反する点があつた旨主張するので、同主張のうち、まず、本件手術の際、曜太郎の衣服を取り替えなかつた点に注意義務違反があつたとの主張について判断する。

(1) 被告堀見が本件手術の際に曜太郎の衣服を取り替えなかつたことは原告らと被告堀見との間で争いがない。そして、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

すなわち、交通事故による骨折は、骨折部位に強い外力が加えられて生じたものであるから、生体の細菌に対する防御力が著しく減弱し、骨感染を起こしやすい状態にあるところ、手術の際の感染は、感染菌の接触によるものがほとんどであるから、手術創の感染、化膿を防止するためには、手術野及び手術創に触れるすべてのものをできる限り無菌に近い状態にすることが必要である。したがつて、手術を担当する医師は、当該手術がきわめて軽易な部分的手術である場合又は緊急を要する手術で、衣服を取り替える余裕のない場合を除き、これを取り替えて感染の防止に努めるべき義務がある。

以上の事実が認められ、被告堀見三男本人(第一ないし第三回)の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信することができない(もつとも、鑑定証人角南義文の証言中には、手術の際に患者の衣服を取り替えなかつたからといつて医師に落度はないとの趣旨に解される部分があるが、同証人の他の証言部分及び同人による鑑定の結果中の記載に照らすならば、右証言は、手術の際に医師が患者の衣服を取り替えるべき義務を全く否定する趣旨ではないと考えられるので、前記認定の妨げとはならない。)。

(2) これを本件についてみるのに、本件手術は、左下腿部の皮下粉砕骨折に対し、プレートと銀線とを用いて行われた整復術であつて、軽易な部分的手術ではなく、しかも、曜太郎が堀見外科に入院後九日目に、従前から行つていた非観血的整復療法が効を奏しないことが判明したことから実施されるに至つたものであつて、右実施につき、曜太郎の衣服を取り替えるいとまもないほど緊急を要する事情のなかつたことも、明らかである。

それにもかかわらず、被告堀見は、前記のように曜太郎の衣服を取り替えずに本件手術をした結果、手術部位から細菌を感染させ、同人を骨髄炎に罹患させたものであるから、この点において医師としてなすべき診療契約上の義務を尽していないことは明らかである。

(3) 被告堀見は、手術時の感染は、いかに近代的な設備を用いたとしても発生を免れ得ない不可抗力ともいうべきものであるから、本件手術によつて曜太郎が感染したことにつき、債務不履行の責を負わない旨主張する。そして、<証拠>並びに鑑定人角南義文による鑑定の結果によれば、現代の医学水準をもつてしても、手術の際の感染を完全に防止することはできず、皮下骨折の場合には通常一・七パーセント、米国航空宇宙局のクリーンルーム内での手術でも〇・五パーセントの割合で術後感染が不可避的に発生することが認められ<る。>

しかしながら、被告堀見は、前記のとおり、本件手術に際し、患者曜太郎の衣服を取り替えて無菌に近い状態を作り出すという、いわば手術に当る医師としての基本的な注意義務を怠つているのである。ところで、同被告において、曜太郎の術後感染が右のように不可避的に発生したものであるといいうるためには、まず、同被告が手術に当る医師としてなすべき注意義務を尽していることが必要であるところ、同被告は、右注意義務を尽しておらず、従つて、取り替えなかつた衣服からの感染の余地が残されている以上、本件における術後感染が不可抗力によるものであるということはできない。そして、本件では他に、曜太郎の感染が不可抗力によるものであることを認めるに足りる証拠はないから、同被告の右主張は理由がない。

また、被告堀見は、その本人尋問(第三回)において、今日の開業医の水準では、必ずしも手術の際に衣服を取り替えていない旨供述し、<証拠>には、昭和五八年一一月から昭和五九年にかけて被告堀見のアンケートに回答した二五の開業医のうち、一一が右回答時において手術の際に衣服を取り替えていない旨の記載がある。しかしながら、右については、同号証を作成するに当つて基礎となつた資料が提出されていないから、同号証の記載がいかなる場合におけるいかなる手術を対象としているのかが明確でないことに照らすならば、同号証をもつて直ちに前記認定を覆すに足りる証拠とはなしがたい。また、被告堀見三男本人の右供述部分については、前記のように、現代の医学水準をもつてしても、手術の際の感染を完全に防止することはできないのであるから、他人の身体の手術に当る医師としては、手術に際し、患者の衣服を取り替えさせ、できる限り無菌に近い状態を作り出し、感染防止に万全を期すべき義務があることは当然であり、しかも、開業医においても当該手術が軽易な部分的手術である場合又は緊急を要する手術である場合を除き、患者の衣服を取り替えることは、容易になしうることであるから、右義務は、開業医であるからといつて軽減ないし免除されるものではなく、結局、右供述部分も採用できない。

更に、被告堀見は、昭和四三年の開業以降患者の衣服を取り替えずに手術をしてきたが、これまで術後感染は発生していないのであるから、本件手術において曜太郎の衣服を取り替えなかつたといつて、感染防止の措置につき注意義務違反はなかつた旨主張し、被告堀見三男の本人尋問の結果(第二回)によれば、被告堀見は、昭和四三年に肩書住居地で外科医を開業後、骨手術の際には一度も患者の衣服を取り替えていないことが認められる。しかしながら、同本人尋問の結果中には、堀見外科では、開業以後本件手術までに一、二回術後感染が発生しているとの供述があり、また、仮に右供述のとおり、堀見外科での術後感染が一、二回であつたとしても、これをもつて本件手術に際し、曜太郎の衣服を取り替える義務がなかつたといえないことは明らかである。従つて、被告堀見の右主張も採用できない。

(4) 被告堀見が結局曜太郎の骨髄炎を治癒できなかつたことは、前記のとおりである。

(5) よつて、同被告は、本件診療契約上の義務を尽しているとはいえないから、同被告が債務不履行責任を免れないことは明らかである。

4  被告らの各責任について

(一)  被告堀見

被告堀見は、前記の理由により、債務不履行責任を負うが、曜太郎は、被告堀見の本件手術の際の感染により骨髄炎に罹患し、これが原因となつて、左下腿部切断を余儀なくされた(なお、右切断を実施したのは市民病院の訴外長岡勇医師であるが、前記二3(一)ないし(三)の各認定事実に照らすならば、同切断については何ら不当な点はない。)のであるから、同被告は、債務不履行後に生じた曜太郎の損害を賠償する責任がある。

(二)  被告二名

(1)  前記のとおり、被告山中は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条本文により、それぞれ責任を負い、被告二名が曜太郎に対して負担する右債務は、連帯(不真正連帯)債務の関係にある。

(2)  ところで、被告二名は、曜太郎の骨髄炎罹患は、被告堀見の医療過誤によつて発生したものであり、これと本件事故との間には相当因果関係がないから、曜太郎の右感染後における損害を賠償する責任がない旨主張する。なるほど、右感染につき、被告堀見に本件診療契約上の債務の不履行があつたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、<証拠>によれば次の事実が認められ<る。>

(イ)  曜太郎の骨折は、左下腿部の脛骨及び腓骨の骨折であり、しかも、右骨折部分には第三骨片が存在していた皮下粉砕骨折であることを考慮にいれれば、その整復は必ずしも容易ではなく、観血的な手術を要することがありうること。

(ロ)  手術を行つた場合には、前記のように、万全を期し、また、現代医学水準をもつてしても、感染を完全に防止することはできないこと。

(ハ)  術後感染があれば、その後の感染の推移いかんによつては、切断手術もありうること。特に、第三骨片が存在する部位が汚染された場合には、右骨片が異物として感染を助長し、それ自体腐骨化して排除されることがありうること。

右(イ)ないし(ハ)からすると、曜太郎の骨折発生当時にも、治療の通常の経過において、術後感染が発生し、もしこれが治癒しなければ、左下腿部の切断もありうることは、予見可能であつたというべきであるから、本件事故と術後感染並びにその後の左下腿部切断との間には相当因果関係が存在するものというべく、その間に被告堀見の本件診療契約上の債務不履行が介在しても、右因果関係の存否に消長を及ぼすものではない。

従つて、被告二名の右主張は理由がない。

(3)  よつて、被告二名は、右感染後に生じた曜太郎の損害についても、これを賠償する責任がある。

(三)  被告ら相互の関係

前記認定の事実関係によると、曜太郎が骨髄炎に罹患したのは、本件事故による傷害の治療中における比較的初期の段階で、その治療行為に起因して生じているのであるから、被告二名の不法行為による傷害と被告堀見の本件診療契約上の債務不履行とは相互に競合していることが明らかであり、しかも、曜太郎の市民病院入院後における治療は、専ら骨髄炎の治療に終始していたものであることに鑑みると、曜太郎の市民病院入院後における損害は、原告ら主張のように、被告らにおいて連帯してこれを賠償すべき義務があるというべきである。

四損害

1  堀見外科入院中の損害

(一)  付添費用

右付添費用は、一日一五〇〇円が相当であるから、結局、曜太郎は五万一〇〇〇円の付添費用を要したことになる。

(二)  入院雑費

一日平均三〇〇円を下らない諸雑費を要したものと推認できるから、右費用の合計は四万一四〇〇円である。

(三)  休業損害

同人の堀見外科入院期間中における休業損害は四六万円となる。

(四)  慰謝料

堀見外科入院中の曜太郎の精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇万円をもつて相当と認める。

(五)  過失相殺

<証拠>によれば、曜太郎は、本件交差点において、南北道路を横断するに当り、左右道路の交通の安全を確認しないまま、前屈みで、しかも小走りに本件タクシーの進路直前を西から東に向つて横断したことが認められる。

ところで、交通整理の行われていない交差点で道路を歩行横断しようとする者は、左右道路の交通の安全を確認したうえ横断すべき注意義務がある。ところが、右事実によれば、曜太郎は、本件交差点において、南北道路を横断するに当り、左右道路の交通の安全を確認しないまま、小走りで本件タクシーの進路直前を横断したため、本件事故が発生したものであることが認められるから、本件事故発生について曜太郎にも過失があることは明らかである。そこで、被告山中と曜太郎との双方の過失を比較検討すると、その過失の割合は、八(被告山中)対二(曜太郎)と認めるのが相当である。

(六)  よつて、過失相殺をすると、曜太郎の堀見外科入院中の損害は、合計八四万一九二〇円となる。

2  市民病院入院以後の損害

(一)  入院治療費

曜太郎は、市民病院入院中に合計二三万九八八七円の入院治療費を支出した。

(二)  付添費用

曜太郎は三〇万六〇〇〇円の付添費用を要したことになる。

(三)  入院雑費

右費用の合計は一三万七七〇〇円である。

(四)  休業損害

同人の右一六か月間における休業損害は、一六〇万円となる。

(五)  後遺障害による逸失利益

同人は、左下腿部の切断後、日常の起居、動作に不自由を感じてはいるものの、海事代理士の仕事は、昭和四九年九月二一日以降再開しており、再開後も本件事故前と同様毎月一〇万円以上の収入を得ており、本件事故後何ら収入が減少していないことが認められる。そして、他に曜太郎につき、原告ら主張のような本件事故の後遺障害による逸失利益が生じたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、結局曜太郎については、本件事故の後遺障害による逸失利益は認められない。

(六)  慰謝料

慰謝料は、五〇〇万円をもつて相当と認める。

(七)  過失相殺

(1)  市民病院入院後の曜太郎の損害については、被告二名と被告堀見との寄与度の割合について、いずれが多いか証拠上明らかでないから、右損害に対する寄与度は、被告二名五、被告堀見五とみるのが相当である。

(2)  そして、本件事故についての曜太郎の過失は、前記のとおり二割であるが、医療過誤についての同人の過失は、本件全証拠によつても認められない。

(3)  そうすると、市民病院入院後における損害についての曜太郎の過失割合は、次の算式のとおり、一割となる。

(八)  よつて、過失相殺をすると、曜太郎の市民病院入院後の損害は、合計六五五万五二二八円(一円未満は切捨)となる。

3  損害の填補

(一)  曜太郎が被告会社から見舞金一五万円、被告山中から見舞金一万円、自賠責保険から仮渡金一〇万円及び後遺障害保険金三四三万円の合計三六九万円の各支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

(二)  そして、曜太郎が右金員を同人の損害に充当したことは、原告らの自認するところであるが、曜太郎は、これを同人の損害のうち、どの部分に充当するかについて明確な意思表示をしていない。そこで、法定充当の規定の趣旨及び損害賠償の公平な分担という観点等に照らすならば、右金員は、まず被告二名に関する部分(堀見外科入院中の損害)について充当され、次いで、被告らに関する部分(市民病院入院以後の損害)について充当されたものとみるのが相当である。

(三)  これによれば、曜太郎の損害のうち、堀見外科入院中の損害八四万一九二〇円については、前記受領金員によつてすべて損害の填補がされたことが計算上明らかである。そして、市民病院入院以後の損害については、前記三六九万円から充当済みの右八四万一九二〇円を控除した二八四万八〇八〇円の限度で損害の填補がされたことになる。

(四)  結局、曜太郎の損害の賠償として被告らにおいて連帯して負担すべき金額は三七〇万七一四八円となる。

4  弁護士費用

四〇万円が相当と認める。

5  相続

このように、曜太郎は被告らに対して右3と4との合計額である四一〇万七一四八円の損害賠償請求権を有するところ、曜太郎が昭和五二年四月六日に死亡したこと並びに原告遊亀及び同曜章がそれぞれ曜太郎の妻及び子であることはいずれも当事者間に争いがない。

従つて、原告らは右損害賠償請求権を原告遊亀が三分の一、同曜章が三分の二相続する(昭和五五年法津第五一号による改正前の民法九〇〇条一号)から、同遊亀及び同曜章は、被告らに対し、それぞれ一三六万九〇四九円及び二七三万八〇九八円(いずれも一円未満切捨)の損害賠償請求権を有する。

五結論

よつて、本訴請求は、原告遊亀において被告らに対し、連帯して金一三六万九〇四九円及びうち弁護士費用を除く一二三万五七一六円に対する不法行為(被告二名につき)又は本件訴状による請求(被告堀見につき)の後である昭和四九年四月二四日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告曜章において被告らに対し、連帯して金二七三万八〇九八円及びうち弁護士費用を除く二四七万一四三二円に対する不法行為(被告二名につき)又は本件訴状による請求(被告堀見につき)の後である前同日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(山口茂一 大谷辰雄 田中 敦)

別表(一)、(二)<省略>

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